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Message#2908 2006年2月5日(日)15時26分
From: 和井 恵
 
2ちゃんに参加していて考えたこと(その1)。
「果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?55」の中で、
こんな「エピソード」がありました。

|718 wai kei(和井 恵) 2006/01/25(水) 07:44:38 ID:rbPirJWf
|>>714
|>>692みたいな人間に罵られても怒りも不愉快も感じない、と?

|「怒り」はないけど、ちょっと「不愉快」かも(笑)。
|しかし、「喜び」や「怒り」という「感受性」というか、
|「心の変化」が全く無くなることが「悟り」でも「解脱」でもないと思うけど。

|「豊かな感情表現」これは「個性」を「表現」する上では「大切なこと」です。
|それに「苦しみ」が伴わないようにする、ということが大切なのでは?

|720 名無しさん@3周年 2006/01/25(水) 07:50:41 ID:8Lh3u2dz
|>>718
|「不愉快」は苦だと思うな
|楽しく幸せではないもの。

|例えば>>692みたいな奴から罵られても
|可愛そうだな、苦しんでるんだな、
|というふうに受け取れるのだとしたら
|すごいな、と。
|慈悲だな、と。

私は、正直言って

|例えば>>692みたいな奴から罵られても
|可愛そうだな、苦しんでるんだな、
|というふうに受け取れるのだとしたら
|すごいな、と。
|慈悲だな、と。

という「文章」を読んで、少し「引いて」しまったんですね(笑)。
そして、思わず考え込んでしまいました。

ああ、この人は「こうなることが正しい」と思っているんだ。
それじゃあ、「現世生活」は「苦しい」だろうな…と。

私は逆に、そういう「受け取り方」を100%する人がいたとしたら、
「気味が悪くて」近づきませんけどね (笑)。
あまりにも「短絡的(条件反射的)」で「不自然」だから…

アーガマには「筏(いかだ)の喩え」という教えが出てきます。
これは「法(筏・乗り物・方法)」には「目的」があり、
それを「達成」したならば「捨て去る」必要がある、と説いているのです。

オウムでは「戒律」が必要なのは「修行途中」であって、
「正悟師」になったら、その「必要」は無くなる、というような意味で
この「教え」は「利用」されていましたけど、「私の考え」は、それとは「違います」。

以前、私は「オウム真理教の真実」という文章を「イン仏板」に発表したことがあります。
そして、その中で次のように述べました。

|『無技巧』のヨーガとは、原始仏典にある二つの喩えを使って説明すると解りやすいでしょう。
|それは“筏(いかだ)の喩え”と“弦の喩え”です。
|“筏”は、河を渡るときに使う道具として利用されますが、
|対岸に渡ってしまえばもう必要ありません。
|渡るときにいくら役に立ったからといって、対岸に上がってからも大事に持ち歩いていては、
|邪魔な粗大ゴミにしかなりません。
|それは、用が済んでしまったら捨てなければならないものなのです。

|そして、これを言い換えると“弦の喩え”になります。
|例えば、ギターの弦は、緩みすぎていても張りすぎていても、「正しい音色」は奏でられません。
|もし、ある人のギターの弦が緩みすぎていたとしたら、「弦を強く引き締める方法」を
|導師(グル)は教えてくれるでしょう(※例えば、享楽的な人には対立概念の「苦」を使って…)。
|しかし、その方法に固執してひたすら引き締め続けていると、
|今度は張りすぎた状態に陥ってしまいます。
|それまでは正しかった“方法(対処法としての教え)”が、
|ある瞬間(特異点)から突然に「間違った方法」へと“変化(変容)”してしまうのです。
|このように、仏教の『中道』とは、
|“真ん中を取る”などという“単純な教え”では決してありません。

|『無技巧』のヨーガとは、今まで私たちが身につけてしまっている
|様々な“技巧(宗教的な観念、その他)”の弊害を取り除き(観念の崩壊)、
|“無(ニュートラル)”に還元してゆくヨーガなのです。

「心の働き」において「問題」となるのは、主に二つあります。
一つは、ある「刺激(外からの働きかけ)」に対する「過剰反応」。
そして、もう一つは「短絡的な同一反応(ワンパターン)」なのです。
これらの「二つの状態」には、「心」が持つべき「表現の自由さ」が無い。

「心の修行」とは、喩えて言うなれば「ピアノの調律」に似ているかも知れない。
「弦」が「張りすぎて」いても、「緩みすぎて」いても、「正しい音色」は出てこない。

そう言う意味では「ダニー・ザ・ドック(映画)」に出てくる「盲目の調律師」というのは、
凄い「比喩」になっていると思う(話しが脱線しているね・笑)。


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