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Message#2265 2005年12月30日(金)11時54分
From: あべる
 
Re3:山本様へ 〜抗議文〜
和井 恵さんのメッセージ(#2245)への返事

本当に大変なエネルギーで貴重なご投稿を賜わって感謝感激です! m(_ _)m

> 「方便」の場合は、特に「使い方」を間違えると「毒」になります。
> 「どういう理由から、このような教えを使っているのか?」
> その理解が足りないと、「火傷(ヤケド)」をします。
> 今の「アーレフ」の「カルマの法則」の使い方に、
> 特にその「毒(副作用)」を感じています。
カルマの法則の使い方というのは、薙刀正師が現役でやっておられた頃も、その後おかしな
路線に傾いて行って事件に突っ走ってしまった頃のオウムも、基本的には同じではなかった
のでしょうか。

> 「ポワ」は、基本的に「仏教(釈迦の教え)」ではないと考えています。
> チベット密教を調べてみると、
> その歴史の中で「暗黒の時代」があったようなのですね。
> つまり、「派閥」同士の「戦い(殺し合い)」をしていた時期が…
> お互いを「法敵」として「呪詛」や「暗殺」を死合うという。
> それらの「行為」を「正当化」するために生まれてきた「考え方」のような気がしています。
呪殺したい相手が何人かいるのですけど(笑)、秘法とかは伝わってないんっすかねえ。
藁人形ならもってますけど、チベット密教お得意の呪殺方法はオウムでは秘儀としても
もってなかったんでしょうか。これなら殺人罪にはならないですよね(笑)。

釈迦の教えでない、というのは、膨大な経典の中のいずれを後世の創作と解釈し、どれ
を釈迦の教えが反映されたものかという解釈・判断の問題になるのでしょうが、日蓮宗
の坊さんが薙刀正師にやっつけられた(でしたっけ)ような教相判釈を、五時教判では
なくて、自分の手で取捨選択するとすると、これは大変な作業になりますよね。まあ大乗
経典も釈迦の思想が反映されたもの、なんて説明が多くの初歩の書物にも見られるわけ
ですが、何をもって釈迦の教えとするか、そもそも釈迦の教えなら値打ちがあって釈迦
の教えでないものは値打ちがないのか、なんてことにも。

> 釈迦の教えの中に、「高い世界(天界)に転生させる」ことが、
> 「苦の滅尽へ至る道になる」という考え方は、まったくありません。
オウムが解釈・採用していたのがどの経典のどの部分がってことになるのでしょうけど、
この前書いたように南伝大蔵経一式買うのも35マソとか膨大。玉石混交真偽大げさ等々
字面を鵜呑みにはできないのでしょうけど・・・。釈迦の教えには無いと断定される根拠
は何でしょう。

> 「道」とは「苦の滅尽に至る道」のことであり、
> 目的地もまた、それ以外にはありません。
> 「タントリズム(左道)」は、「苦の滅尽」ではなくて、
> 「神通力」の「獲得」と関係のある「修行法」なのです。
> 「方向性」が全然違います。
上祐さんが最近しきりに説いておられる「心の解放」「幸福」への道って、非常にわかり
やすくて素晴らしいみたいですけど、クンダリニーヨーガの修行の方が面白そう、なんて
質問した人があるらしくて、その答えは、それに偏ると「妖怪」を作るプロセスになって
しまって幸福にはなれないよ(笑) ってことみたいでした。

> 「疑念」は大切です。
> それがゼロになると「盲信」になってしまう危険性がある。
> 「疑問」は忘れずに何処かに「仕舞って置き」、
> 時々取り出しては「考えて(検討して)みる」。
> 私はこれを繰り返してきました。
> ポイントは、「否定する」ためではなくて、
> 「信じるため」に「疑う」ということ。
確かにそうですね。否定のための否定では陰気ぐらしに陥る危険性が十分にあるかと。

ところで唐突ですけど、薙刀正師は無我説と非我説についてどういうご体験をお持ちですか?
オウムのアートマン説に対してサーンキャ的と否定されていたと思いますが、薙刀正師の
ご解釈における「仏教」において、たとえばオウムの体験談において、心が止まったという
こと見ている別の意識なんて書かれてるものについては、たとえばご修行体験からはどの
ようにお感じになりますでしょうか。

> 「親鸞聖人」が生きておられた頃の、
> どうしようもない「社会事情」や「人々の資質・事情」と、
> 現在とは、まったく「条件」が違います。
人間の心の罪深さ、心の内面における汚れといった面では、どの時代の人間でも「原罪」
としか言いようのないような罪深さに流れる傾向を持っているのではないでしょうか?
心の面ではひょっとすると現代人の方が一層罪深いのでは? 昔の人の心がどんなだったか
わからないですが。

> どうも、アベルさんは「悪循環」の思考パターンを繰り返しているみたい。
> 「条件反射(癖)」なのかしら?
> そこはやっぱり、「陽気ぐらし」で行かないと、ね(笑)。

プライド卑屈と先案じの悪いパターンですね(笑)。天理教「妄信」してみましょうかね〜〜

下手の考え何とやらと申しますが、プロセスを如何に色々勿体つけたとしても、結果的に
行き着く先が陰気ぐらしというのは間違っていると。でも妄信での陽気ぐらしが正しいか
というと、まあアベル式よりはましかもしれないけど、やはり変。修行体験+思索にて
智慧を得ることができたら本当に素晴らしいのですが・・・。



> 釈迦は、「千生先」や「四アサンキャ十万カルパ先」に
> 結果の出るような話しなど、一切していません。
> 「今、ここにある現実」で役に立つことを教えていたのです。
これもオウムの言い方の出典とか反論の根拠とかわかったら興味深いところなのですが。


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