喫茶Honfleur掲示板 2007〜2009年

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Message#26652 2009年9月11日(金)03時44分
From: YASU
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【一服どうぞ】裏千家前家元・千玄室 「婆子焼庵」の教え
産経新聞サイトから転載
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090911/acd0909110231001-n1.htm


<i> 禅の公案(問題)に「婆子焼庵(ばすしょうあん)」という教えがある。一般の人には何のことやら意味も読みも分からないのは当然だが、こうした公案を出され、老師から指導を受けるのが僧侶の修行の一つである。「バスショウアンとは」と口頭で老師から公案を戴(いただ)いても、それがどんな字であるのか、老師の提唱(講義)の何処(どこ)にあったのか、などを先(ま)ず思いめぐらさねばならない。これが大変である。僧堂では各自が与えられる公案に四六時中思い悩む。苦悩以上の自己との格闘である。やっと思い当たって歓喜雀躍(かんきじゃくやく)、老師のもとに参じて聞いて戴く。駄目の印、そしてもう一度やり直す。何回も繰り返す内に、何か朧気(おぼろげ)ながら靄(もや)が晴れてくるようになり、どうやら許されて次の公案を戴く。薪(まき)割りや掃除を作務(さむ)という。座禅の間に無心になる作業である。こんなことをしながら無心の世界に入っていく。

 さて公案の「婆子焼庵」である。あるところに信心深い老婦人がおり、何とか自分の信心を伝えてもらうべき僧をつくろうとした。そして小さな庵を建て、そこにしかるべき若い修行僧を住まわせて世話をした。毎日毎日、座禅と読経と作務をし、しっかりと修行する真面目(まじめ)な青年であった。年月が流れ、老婦人は自分の生命の終わりも迫ってくるように思われたので、この辺りでどれくらい修行が出来ているかを試そうとした。そこで隣家の若い娘に「今日の昼餉(ひるげ)を貴女が持っていって、世話をしてほしい。そして給仕が終わり、膳(ぜん)を引いてから、黙って僧に抱きついてみてほしい」と頼んだ。娘は最初は断ったが、とうとう引き受けた。そして言われるような行動をとったところ、僧はその娘を突き放して「枯木(こぼく)寒巌(かんがん)に倚(よ)る三冬(さんとう)暖気(だんき)無(な)し」と言った。三冬とは禅の方ではもっとも寒いことを指す。

 従って「寒い冬の暖かみもなにも無く、しかも寒々とした厳しい岩の上に立っている枯木の如き」(私は修行中、何もかも枯れている。抱きつくとはとんでもない)という意味である。それを聞いた老婦人は、「折角(せっかく)庵を建てて修行させたのに、中途半端な融通の利かない人間を育ててしまった」と怒り、僧を追い出して庵を焼いたのである。

 この公案を師の瑞巌老師から戴いたが、2、3カ月は何のことかさっぱり見当がつかなかった。ある日、畑仕事を手伝っていたら、台所を手伝う岡本女史が「人間は堅うても軟らこうてもあかん。その場をうまく切りかえせる器量をもたねばなあ。作物でもそうしてやらないと。自然の味を大切にしないとね」とつぶやくように言われた瞬間に「はっ」とした。私の眼の前が晴れたように思った。「融通」それは逃げるのでもなく、また当たるのでもなく、切りぬける余裕を持つことかと思った。早速老師に見参、そして自分の心をぶつけた。このように参禅して公案に取り組むことによって、家元としての将来の目標をつかむ一手一手を、老師は厳しく教えてくださった。

 私の方の重要文化財になっている今日庵(こんにちあん)(一畳台目の茶室)の名称は、「懈怠比丘不期明日(げたいのびくみょうにちをきせず)」が由来になっている。今日この瞬間を大切にすることによって過去現在未来がある。今日を大切に生きぬかねばならないとの教えである。(せん げんしつ)

</i>


そういう解釈なんですか?

昔、わたしはこの出家僧を「素晴らしい」とか書いた覚えがありますね。

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