友北さんのブログに興味ぶかい記事があったんだけど なんだかすっきりしないので、良かったらシェアしたいなと思ったので 投稿させていただきます。 http://sky.ap.teacup.com/takitaro/ ↑より一部引用 > > 下記は、元パモーチャナ師(さくら注:パビッタ師)の手記です。 > http://ameblo.jp/ommanipemehum/ > −『幻想の崩壊』 オウムとはなんだったのか? > > うん、参考になります。 > 教祖と話ができた時の感動、エネルギー。おでこに触られてグリグリされたり、 > 果ては、この方はないけれど「空中浮揚」を見た時の感動など > また、エネルギーが尾てい骨から上昇する?とかいう感動 > > そんなのに、やたら拘束されてしまってきただな、と改めて感じる。 (体験に心奪われて常識的な判断力を失っていたことはあったかも) > 私は即物的なのかなぁ、悪い意味で正常にすぎるかな。 > > 精神異常を起こしておらずとも、 > たとえば、男女とも惚れたうえでの初めてのキスとか、男なら初めての射精とか、初めてのセックスとか、やたら刺激的だったのではないかしら。 > それは、後にしたキスと異なり、すごいエネルギーというか、なんというか。 > > そもそも、好きになって手をはじめてつなごうとしたときでさえ、 > 何万ボルトかの電気が実は流れているのではないかしら、なんて表現しても良いかと。 (さくらそ〜ゆ〜のはよくわかんないけど、修行による体験はセックスより何倍も○○と言ってた人何人も居たけどなぁ) > (中略) > > で、霊性が高いともともと聞いていたり、前から会いたかった宗教者、偉人だなどと思っていると > 初恋と同様にビビっときて、空中浮揚も見えるのかな。 > (尊敬してるとかが因子にならないとは言わないけど そ〜ゆ〜のとはちょっと違うと思う。 別に尊敬してなくっても頭の後ろに後光がさしてるように見えたりするし) > まして「記憶修習」などとしてそのビデオばかり見ていたり、 > マントラを長時間唱えていたり、立位礼拝を続けたり、もともと睡眠不足、 > 栄養不足、労働過重であれば尚更に。 > > キスはどれも同じキス。だが、初めてのキスが刺激的なのは、 > それは主観であり、まあ脳内ホルモンが多く出ていたようなものなのでしょう。 > つまり、「体験」ってのはあてにならないのだけれどね。 > (「体験」はあてにならないってのはある意味正しいと思うけど、 キスと比較されると興ざめというか、わかってないなぁって思う。 脳内ホルモンってのは気になるけど。) > そして、教祖として、そんな体験を起こさせることができる、 > 周囲が命令に従っていくことが続けば、教祖も自らを誤解して信じ始め、 > 増長していくさ。 > 互いに共同幻想というか、そんな環境の中で共振しあって、エスカレートしていく。 > これが、浅見先生の言う「殿様と家臣の共振現象」なんだろう。 (このへんはそうかもなって思うけど、尊師の近くに居なかったからよくわかんない) > 宗教がまともに育っていくかは、紙一重なんだろうと思う。 > その違いは、 > ・もともと教祖がしたかったことが何だったのか > ・教祖に、自戒の念があるか、ということだろう、と思う。 > −つまり、教祖が反社会的人格障害、それも反社会性、自己愛性、 > 妄想性人格障害というか、それを持っていると危うい、と。 (教祖の人格とか顔貌とかがどういうのかはとっても大事だと思う) > 妄想性が強いだけだと、小さいうちに崩壊していくのだが。 > (以下略) |