喫茶Honfleur掲示板 2007〜2009年
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Message#23166 2009年7月2日(木)01時17分
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ZERO
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公安の謎
不可解な行動をとる公安の謎
十五代警察庁長官の城内康光氏は警備局長出身、つまり公安からの出身です。十六代警察庁長官はオウムに狙撃された刑事局長出身の国松孝次氏。
1995年3月30日の朝日新聞より当時の記事をみてみましょう。
警察庁長官、撃たれ重傷 自宅前、白マスクの男 計4発、自転車で逃走
30日午前8時ごろ、東京都荒川区南千住六丁目のマンション「アクロシティー」に住む警察庁の国松孝次長官(57)が、男に腹部などを撃たれて重傷を負った。男は自転車で逃走した。警視庁は直ちに総合警備本部を設置して、都内全域に緊急配備態勢を敷いて男の行方を追う一方、殺人未遂などの容疑で公安部長を本部長とする特別捜査本部を置いた。国松長官は文京区の日本医科大付属病院に運ばれた。東京消防庁によると、高度救急救命センターで手当てを受けたが、生命に別状はないという。事件後、都内の報道機関に「オウムに対する捜査をやめろ」などと犯行をにおわす電話があり、捜査本部が関連を調べている。
「オウムに対する捜査をやめろ」と電話があったということは、城内氏によってオウム事件の捜査を抑えられていたのに、長官が国松氏に変わったことで本格的な捜査を始められてしまったことが、この事件の原因だったようです。
再度、『オウム帝国の正体』第3章 圧力 の中から公安に関する部分を抜き出してみましょう。
・公安警察は、八王子のアジトで潜伏中の私たちの行動を監視していました。(略)どうしてもっと早く、捕まえてくれなかったんでしょうか…
・公安当局の泳がせ捜査が、事件の発生防止に繋がらず、新たな被害者を生み出したことは紛れもない事実である。
・捜査員たちは密かに、上九一色村の住民たちに接触したり、麻原被告をはじめ教団幹部の同行や都内のアジトを監視したり、信者を懐柔して、教団内部やその局辺にS(情報提供者)を養成するなど、時間をかけて捜査を進めてきた。
・公安当局の捜査員が少なくとも数人は潜り込んでいたようで、上九一色村の教団施設に対する強制捜査の時、神奈川、静岡県警ではテレビの中継に映った信者の中に、同僚の顔を発見して驚きの声を上げたケースがあったという。
・昨年[1995]11月29日、名吉屋地裁で開かれた大内早苗被告の第3回公判に検察側証人として出廷した元教団幹部、満生均史被告は突然、「宗教関係を調べている“ある人”から頼まれて、松本サリン事件などオウムについて調べた。スパイ行為をして、スパイ容疑をかけられた」と告白し、関係者に衝撃を与えた。満生被告は依頼主を問われ、「名前は言えない」ど答えているが、その後の公安関係者のあわてぶりがら、満生被告は公安当局のスパイだった可能性が高いと見られている。
・スパイと言えば、1994年暮れから1995年1月にかけて出回り、話題を集めた『松本サリン事件に関する一考察』と題する怪文書がある。「サリン事件はオウムである」と断言したこの文書の作成者は、未だに不明だが、捜査当局やマスコミの間では、公安関係者が書いたとする意見が強い。1994年暮れ段階で、松本サリン事件がオウムの仕業であると知っていた者は、麻原被告をはじめ犯行の実行グループなどごく少数の教団関係者だけであろう。しかも、サリンの化学的な説明から上九一色村の教団施設内の情報、宮崎県の旅館の経営者拉致事件、オウムとロシアの関係まで言及しており、教団上層部でもそう簡単には書けない幅広い内容になっている。そうなると、複数の教団内部情報に捜査情報を加えて、公安関係者が書いたとしか思えない。つまり、その時点で公安当局のSがあれだけのレポートを書くほどの調査をしていたことになる。満生被告も法廷で、自ら松本サリン事件を調査し、内部レポートを作成した1人であることを認めている。この怪文書は、公安当局が警察庁上層部の消極姿勢に対し、マスコミを巻き込んで決起を促したものと見られている。
・オウム真理教に対する強制捜査の方針が決定されたのは、昨年[1995]1月の国松孝次警察庁長官と吉永祐介検事総長のトップ会談であり、そこで摘発時の適用法令や取り調べ体制など具体策の協議に入ったと言われている。もし、怪文書が公安関係者の手によるものだとしたら、公安当局の奇策がまんまと成功したことになる。
・だが、逆に、公安当局が早い段階で、松本サリン事件とオウムとの関連をキャッチしていたなら、河野さんに対する“冤罪”はもとより、仮谷さん殺害、地下鉄サリン事件の発生を防げたのではないか、との見方も出てくる。
・公安当局がこうした情報を掴みながら、警察首脳の了解が出ないからと言って、わざと麻原被告の荒唐無稽な思想やカルト集団の狂気を面白おかしく書くことに、能力と時間を割いていたのは、あまりにも情けない。なぜ、警察当局はもっと早く、オウム真理教の摘発に乗り出さなかったのか。
こうしてみると、やはり公安の動きはおかしいです。
国松長官銃撃事件に関しては、2004年7月7日に、警視庁の元巡査長で会社員の小杉敏行、植村哲也、砂押光朗の3人と爆発物取締罰則違反の疑いで石川公一が逮捕されました。小杉容疑者は「自分が狙撃した」と自供したものの、7月28日には「証拠が乏しく公判維持は困難」として処分保留のまま釈放されています。そして9月17日、処分保留のまま釈放された4人は嫌疑不充分として不起訴とされました。
城内康光氏には他にも疑わしい言動があります。
カルトvsオタクのハルマゲドン『城内康光と利権』から引用します。
平成二年夏、自治大臣兼国家公安委員長に就任していた奥田敬和氏(故人)は、金澤昭雄警察庁長官から示された警察庁のトップ人事案に対し、異例のクレームをつけ、予定されていた城内康光警備局長の警察庁次長への昇任を頑として認めなかった。
〔略〕奥田敬和氏が城内氏に敵意を持ったには、それなりの理由があった。 奥田敬和氏は、その前年まで自民党の国会対策委員長を務めていた。
おりから、パチンコ業界から莫大なヤミ資金が北朝鮮に流れ、その便宜を図ってもらう目的で社会党議員達に政治工作資金が提供されたとされる。いわゆる「パチンコ疑惑」が発覚、政界の焦点となっていた。
奥田氏は社会党の疑惑議員徹底追及の腹を固め、奥田情報網で情報を集める一方、警察庁に対して、治安上の問題を理由に協力を求めた。
この要請を受けた城内警備局長は、こともあろうに、パチンコ業界に多数の警察OBが天下っている事を理由に協力を拒否したのだ。この行為こそ、国益無視、省益優先の典型的な事例だ。
テポドンの開発資金を始め、生物兵器、核ミサイルと、日本攻撃用に開発されている北朝鮮の兵器が、明らかに在日朝鮮人からのヤミ資金によって製造されていた事が、より明確になってきている今日、城内氏のとった警察官僚の、しかも警備責任者としての行為は改めて厳しく批判されるべきである。
そもそも警察のキャリアは、天下国家あってのキャリアではないか。地方警察組織に対し、より高い次元での国家的見識を示すのが警察庁のキャリアではないのか。そう云う意味では、奥田敬和氏が、城内氏の昇任に異議を唱えたのは当然の行為である。
城内氏はその後、次長に昇任、そして警察官僚のトップ警察庁長官へと登りつめるのだがその長官在任中、かつての威厳ある制服から郵便局の配達員と見間違える程と不評な警察官制服の変更、所持するピストルのメーカー変更など「警察利権」に積極的に関与したり、情実人事を徹底して実行した為、優秀な人材や、素直な意見を具申する人材などが一掃され、組織の沈滞化が急速に進行した。
パチンコ業界から北朝鮮への資金の流れの解明を「パチンコ業界に多数の警察OBが天下っている事を理由に拒否」とは、恐れ入りました。
しかも、その人物が後に、警察官僚のトップである警察庁長官へと登りつめるのですから、訳がわかりません。
ちなみに、城内氏が警察庁長官に就任した1992年9月に警察行政を監督する国家公安委員長の座にいたのは、森喜朗、三塚博、加藤六月と共に“安倍(晋太郎)派四天王”の一人と称された「塩爺」こと塩川正十郎氏でした。
そして、オウム事件当時の国家公安委員長は、2003年に引退した自民党の実力者で「影の総理」と呼ばれた野中広務氏。
余談ですが、その野中氏のバックには、どうやら創価学会がいるようです。
『オウム帝国の正体』(一橋文哉著)を読んでいたので、石川公一の件(『日本の闇を探る@』を参照)を知ったとき、「警察OBの大物」とは後藤田正晴氏かと思いました。しかし、『日本の闇を探るE』で触れたように、その人物とは城内康光氏だったようです。そして、その城内氏は日本会議の代表委員を務め、日本の政治に大きな影響を与えています。
さて、ここまでを一旦、整理すると「警察OBの城内康光氏が現役時代、部下をレイプしたあげく愛人にした。それをオウムと関係のあった山口組の武闘派「後藤組」に知られ、脅迫されてオウム事件の真相を闇に葬った。その城内氏は、どうやら昔から北朝鮮とコネクションがあり、現在はユダヤ・ロビーと組んで日本会議で自民党と共に日本の右傾化を推進している」となります。
(つづく)
http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20061020
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