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Message#30001 2009年12月20日(日)12時18分
From: YASU
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『避暑地の森の天使たち』より転載
2009年12月20日11:16 カテゴリぐち
オウムレスの日々第4回 こんなのが出てきました。
1996年8月だそうです。
猪瀬正人さん、お元気でしょうか。

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オウムレスの日々

第4回 マーラといわれた井上嘉浩
猪瀬正人


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いのせ・まさと 1969年1月、栃木県生まれ。86年3月『超能力秘密の開発法』を読み、オウム真理教に興味を抱く。早稲田大学法学部に入学後、89年出家した。


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息子に帰依する井上の母

麻原彰晃と彼の弟子でオウムの「トップ営業マン」だった井上嘉浩との法廷対決がこの秋にもあるようだ。非合法活動のすべてを任せられていた「尊師の愛弟子」が「転向」したことは評価されているが、井上の最も近くにいた1人である僕には少し違った見方をしている。
井上は7年間のサマナ(出家修行者)生活で、100億円のお布施を集め1000人もの信者を入会させた信者勧誘のプロだ。逮捕前の1年間は、弱冠25歳で諜報省のトップに座り、スパイもどきの非合法活動に携わっていたオウムのエリートでもある。
4月下旬、麻原と井上の第2回公判が2日続けてあり、僕は両日とも傍聴した。2人を最後に見たのは、昨年の2月中旬、地下鉄サリン事件の直前である。2人とも風貌や癖はあまり変わってないように見受けられた。
麻原は警察に両脇を抱えられ苦しそうな顔で出廷した。ボディガードや取り巻きがいないためだろうか、以前のような威厳はあまり感じられなかった。席に座ると、手で髪をたくし上げ、天井を見上げる仕草を頻繁に繰り返す。この癖は以前と変らない。口をモゴモゴ動かすと口髭が揺れた。白髪が若干増えたようだ。頬も噂どおりやつれていた。服はみすぼらしい作業服で、一見ヒッピーのようだった。
井上は高級そうなグレーのスーツを着て出廷した。おそらく両親がこの日のために用意したのだろう。彼の母親は有名な在家信徒であり、息子想いの母親としてもよく知られている。私は尊師に帰依しなければならないのに、息子に帰依しているんですね」とよく言っていたものだ。
井上は新入社員のように、裁判官や検察官に対して奉しくお辞儀をした。そして、身体をブルブル震わせながら、裁判官の質問に大きな声で「ハイッ。ハイッ」と答えていた。以前は「グル」である麻原に対して同じように受け答えていたものだ。人の性癖というのは、なかなか変らないものだ。

計算高い井上

巷では、井上はオウムの世界から足を洗い、教団の犯罪を告発するヒーローのように取り上げられているようだが、アーナンダ」のホーリーネームをもらう前から彼を知っている僕としては、その評価に何かしら不自然なものが感じられてならない。
井上は昔から計算高く、上に取り入るのがうまかった。麻原からの電話がかかってくると、事務所に響きわたるような声で「ハイッ」と返事をして、麻原の機嫌を損ねないようにしていた。麻原が取り巻きと一緒に歩いていると、麻原の前に進み出て媚びへつらっていたものだ。
スタンドプレーが得意で、麻原を交えての会合がある時は、そらぞらしいお世辞を大声で並べ立てていた。心ある人は「奸臣のようだ」と苦々しく思っていたのである。そのわりには麻原の言うことを守らず、目の届かないところで女性信者にちょっかいを出したり、教団の経費を無駄遣いして中華料理を食べたりと、それは勝手なことばかりをしていた。信徒に金を出させてその家族を入会させたようにした「水増し名簿」を提出したことは知る人ぞ知る話だ。麻原に自分をよく見せるためについたウソである。当の麻原でさえ井上を「マーラ(悪魔)と揶揄していた。
井上をよく知る僕には、彼が対決姿勢を見せるのは、極刑を避ける自己保身のためのように見えてしかたがない。
オウム世界の「グル」である麻原彰晃から、裁判官や検察官などの権力に「グル」を鞍替えしたのだ。
実際、井上はすべての罪を麻原になすりつけ、(麻原の)命令を拒めばポアされる危険があり拒否できなかった」と自分の無罪を主張している。
彼は自作自演の事件を起こしているだけで、実際に殺人に手を染めているわけではなく、情状酌量による減刑も考えられる。検察の証人として積極的に出廷すれば、点数を稼ぐことができるだろう。教団内での素行をよく知る人なら、彼の狙いがそこにあると必ず思うはずだ。
ともあれ井上は検察にとって最大の切り札になったようだ。検察側も彼が変心しないように、かなり注意を配っているらしいが、井上の心が変ることはないだろう。なぜなら「井上を証人として使うことによって裁判を有利に進めたい」という検察側と、スタンドプレーをしたいが、死刑だけは避けたい」という井上の利益が完全に合致したからだ。
井上は真面目で有能だが、今いるその場の「権威」と「利益」に弱い。これが真相なのである。

潔く腹を切るべき

2人が法廷対決する時、彼らはどういう態度を取るだろうか。おそらく松本知子の裁判に証人として出廷したときのように、井上は淡々と証言するだろう。
「裁判長、目の前にいる松本智津夫氏の指示により、事件を決行したのは間違いありません…。
麻原は逐一反論することもなく、威厳を保とうと暝想のポーズに終始するに違いない。ずっと彼らの側にいた僕は、そうなると推量している。
これだけ世間を騒せた彼ら2人の心の中に「自己保身の心」が少しでもあるのなら、それは情けないことだ。彼らの弟子であり、解脱の道をともに探究した同志であった僕としては悲しいことだ。
麻原の破防法の第4回目の弁明の中で、教団と関係があるとされる事件で、亡くなった人達がより高い世界に生まれ変われるように輪廻の修行を続けている」と言った。そして、この1年間1日置きに断水断食を続けているという。それはそれでいいことだ。
しかしその前に、罪状を留保したり、弟子に責任を押しつけず、真実を話すべきであろう。井上も井上で、罪を麻原だけに押し付けて無実を主張したりせず、私が責任を取りますの死刑にしてください」というべきだ。
第7サティアンのサリンプラントを作り、殺人予備罪に問われているオウムの元建設省次官・池田悦郎は、他の仲間と一緒に死刑にしてください」と法廷で言い切った。化学班キャップの土屋正実は「死ぬことこそ天命」と決意を表明した。
彼らのようなすがすがしさは井上と麻原の2人にはない。宗教家なら宗教家らしく、革命家なら革命家らしく潔く腹を切るべきである。絶対に他人に責任を転嫁したりしてはならない。
オウムは「無常」を背景として「煩悩否定」をうたっていた。あれほど、エゴを滅せよ、自己を滅せよ」と唱えていたではないか。それならば、その「実践」ができる最高のチャンスが到来したのだから、ためらうことなく「実践」してほしいものだ。
まあ、井上も麻原も以前は真面目な修行者であった。1日1食、睡眠3時間で、解脱・悟りを目指して、何ヶ月間もともに修行したものだ。井上も麻原も、あるいは現在のオウム真理教も、真面目で純粋な修行者だったころを思い出して初心に戻ってほしい。
特に井上は「グル」と対決姿勢を示す以上は、本当の意味で自己を捨て、心に曇りをなくして臨んでほしい。
(つづく)

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