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903 2008年03月06日 20:17 ディオゲネスの樽 突然ですが、このコミュニティには我々に関心のある方々がお集りだと思いますので、皆さんのご意見を是非とも承りたく思います。 昨日、私が所属する大阪支部より以下のメールが届きました。 =============================== 重要なお知らせのため、長文になってしまって申し訳ありません。本メールは、とても大切なお知らせなので、最後までよく読んでご確認ください。 ひかりの輪として新たに信仰の実践をしていくにあたって、わたしたちスタッフは旧教団における過去の事件を反省し、二度と同じ過ちを犯さないため、そして社会に対しての安心施として、松本氏を神格化するような、いわゆる祭壇やご尊像やイニシエーション、旧教団教材等々全ての旧教団関連物の破棄処分を実行してきました。 そしてこのたび、前々からも示唆させていただいて来たように、会員のみなさんに対しても、旧教団関連物の破棄処分のお勧めをさせていただくことになりました。まず、ご自分で処分できる方は、その結果報告をお願いいたします。 次に近所等の手前で処分しかねている方は、道場へ破棄処分教材をお持ちください。なお、量の関係で手持ちが不可能の方は、道場側から回収便を出させていただきます。ご確認の連絡をさせていただきますので、その時にスタッフまでお申し出下さい。 破棄のレベルは、@全部破棄 A観想用写真、ポスター等の破棄Bいわゆる危険教材(破棄最優先教材)のみ破棄→リストは後日郵送しますので、詳しくはリストをご覧ください。 旧教団に所属し、社会に対して多大な不安を与えたことに対してのけじめとして、そして社会に対する安心施として、ぜひご協力をお願いいたします ================================== 確かに我々が旧教団の関連書物を持っていることは社会に不安を与えることでしょうし、その面で我々が教材を廃棄することが「安心施」につながるのかもしれません。 しかしながら、我々の一元的な考えでは「絶対善も絶対悪も存在しない」という考え方です。元代表は決して、A派が思うような神ではない。しかしながら社会が思っているような悪魔でもない。あくまでも人間で、良いところもあれば悪いところもある、と認識すべきで、神になるのも悪魔になるのも周りの人達次第なのではないでしょうか。 その我々が「安心施」という名目で、焚書坑儒にも似た行動をとるのはいかがなものかと本当に悩んでおります。 観察処分を外したいという気持ちは痛いほどよく分ります。観察処分があるから入会するのを躊躇されている方々も少なからずいることでしょう。 それは良く分るのですが、それでも尚、本当にこれでいいのか、という疑問が残ります。 日本の、世界のほとんどの方は元代表のことを悪魔と考えていることでしょう。 彼をよく知っている我々が彼の書物を「廃棄」するということは、社会に対して彼が悪魔だったと認めるだけにしかならないような気がします。 それが本当に我々の考え、我々の理念に沿った行動なのでしょうか。 彼の書物を「廃棄」しない私は危険人物なんでしょうか。 皆さんはどうお考えでしょうか。 |