さくらさんのメッセージ(#24404)への返事 > > 眠れない夜を過ごしていたところでした!!! > > ゆっくり眠れました〜? いや〜、もう、ぐっすりです!! > 信じる自分の観念が願望成就に導くのであって、 > これがすなわち内なる力なのである。 この視点は、信仰について語られる際、最もポピュラーなものだと感じます。 僕がよく述べていた信仰の話は、それとはまた別の視点です。その一つを、以下に記します。 例えば、ある別居状態の夫婦がいるとします。 夫は東京以外の道府県を認めないため、東京から出ることがありません。 妻は東京を認めませんが、他の道府県は全て認めているので、 東京以外の全国各地を旅しながら、自由に生活しています。 この場合、夫よりも、妻の方が活動範囲が広いと言うことができるでしょう。 ここで、仮に妻が東京を受け入れたら、理想状態であると言えるかもしれません。 同様に、ここに二つの宗教団体、AとHがあったとします。 Aの信者さんは自己以外の価値観を認めないため、Aの信者さんの“心”のスケールは、 その特定の価値観を超えた場所まで到達することがありません(≒東京都限定)。 Hの信者さんはAの価値観以外を認めるため、Hの信者さんの“心”のスケールは、 東京を除外した道府県に住む前述の奥さんのように、比較的自由に広がります。 ここで、仮にHがAを受け入れたら、理想状態であると言えるかもしれません。 団体の方向性として、組織運営として、立場の問題として、それは無理でしょうが。 もちろん、受け入れるとは、肯定とは異なります。 そして、僕にとって、(あり得ない事を)受け入れる作業、心を広げる作業とは、 “信じる”という作業に最も近いのではないかと、感じます。 長文失礼しました。 |