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Message#3196 2006年3月19日(日)12時51分
From: 和井 恵
 
Re2:中間投稿その2。
あべるさんのメッセージ(#3193)への返事

> > ●二人の息子を持ったお婆さん
> > 在る処に「二人の息子を持ったお婆さん」が住んでいました。
> > 兄の方は「日傘」を売り、弟の方は「雨傘」を売って生計を立てていたのです。
> > ですから、毎日毎日お婆さんは「雨が降る」と「兄の日傘が売れない」と思って
> > 心を悩ませ、「太陽が顔を出す」と「弟の雨傘が売れない」と思ってその心を痛
> > めていました。
> これって私の発送方法そのものでんがな。全てを否定的に見て、自己否定他者否定の陰気
> スパイラル。

でも、アベルさんの場合は、その「陰気スパイラル」を「笑いながら」やっているように観え
てしまうのですけどね。「ブラック・ジョーク」として…

> > すると、「この認識の仕方」は、「他に対する怒り」を押さえ「自己責任」を「自
> > 覚する」のに、とても「効果のある優れた方法」であることが解ります。私たちが
> > 他に対して「強い怒り」を覚えるのは、「相手から受けた行為」が「理不尽」だと
> > 感じる場合がとても多いのです。
> 自己に対するカルマの返りに対して聖無頓着ってこともその一つなんでしょうけど

だから、これは「他に怒りを生じやすい人」に対する「対処法(処方箋)」なんです。
そして、私は「その人が苦しむことによって悪業が落ちる」などとは考えていません。
私の考える「カルマ理論」は、「縁起の法」と「臨床心理学」がベースとなっています。
色々なケースを調べてみても「苦しむ」ことによって「症状」が「快方」に向かったな
どいう「臨床例」は、一つもありません。
「苦しみ」には必ずそれが生起している「原因」があり、それを「証知」して「滅する」
ことによってしか「苦の滅尽」は成し得ないのです。そしてこれは、「カルマの法則」な
どという「ワンパターン思考法」にすがりついている限り、おそらく「体得」することは
不可能だと思います。

> > 仏教では「怒り」や「嫌悪」を「三毒」の一つとして捉えていますから、この働き
> > を「抑制する目的」を持った「教え」として「カルマの法則」というものを捉えると、
> > 「為したことしか返ってこない」という「見解」は、「怒りの抑制方法」としてはと
> > ても「効果」がある「考え方」なのです。
>
> 毒をもって毒を制するみたいなものだったりして・・・

「怒りっぽい人」の多くは、自分を「被害者」にしてしまってる場合がとても多いのです。
「責任転換」をするのが上手で、相手を「加害者」に仕立て上げてしまう…
「為したことしか返らない」という見解は、それに対して「自己責任」を主張します。それ
が「怒りの暴走」にブレーキをかけてくれるのです。

尚、「別の掲示板(カレーオフ)」で書いたコメントを、ここで転載しておきたいと思います。

|>名前を隠した勧誘をされるのは自己の因ですか?
|>サリンを撒かれるのは自己の因ですか?

|いいえ、「 名前を隠した勧誘をされる」こと自体は「自己の因」ではありません。
|「勧誘に乗った」ことは、まぁ、幾らかの「自己責任」はあるでしょうが…
|そして、「サリンを撒かれる」のも「「自己の因」ではありません。

|問題は、色々な「出来事」「経験」をしてしまった後で、
|それをどう「受け止めるか」あるいは「考えるか」という「自己の選択」によって、
|「苦」や「楽」の生起の仕方が違ってくるのだということです。

|つまり、この「自己の選択」という「因」によって、「自己の苦楽」の「果」が生じる。
|だから「同じ経験」をしても「人によって」受け止め方が違い、その「果」も違ってくるのです。


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