| あべるさんのメッセージ(#4632)への返事
> 仏教で言う場合の「外道」という言い方は、ある程度の差別的意識は伴うものの、世間で > 嫌悪を伴って罵る際に用いる「外道!」「腐れ外道!」といったような強烈な罵りの語感 > は無いですよ。もしサマナや信徒が「外道」という言葉に強く反応するとすると、それは > 仏教用語としての「外道」ではなくて、世間の用語としての汚い罵りの言葉に捉われてる > わけにて、本当にその人って仏教者?? やはりオウムって似非仏教?? って思ってし > まいますね。
これってどうなんでしょうね。 確かに語源学的に考えれば、「他の教え(とその帰依者)」なのであって、 いわば会社で「他社さんが云々」と言うようなもんなんでしょうけど、 無宗教を成熟した社会人の証のように勘違いしている現代日本でなら あるいはその原意で用いることもできる用語かもしれませんが、 宗教的価値観に命を賭けていたその昔、(つまり宗祖の時代) 果たして「外道」ということばが罵倒として使われていなかったのか、 というと、正直相当な疑問を覚えます。
「天魔外道」などという台詞があるように、 外道というと、どうも邪教とイコールで使われていたんじゃないか、 そしてそれがDNAにまで染み付いた、「実際に使われていた意味」 つまり「原意」というより「真意」なんじゃないか、 という疑いを拭い去れないのです。 例えば、日蓮上人が「外道」という用語を用いていたとすれば、 「他の教え」という原意以外に、「実践すると地獄に落ちる教え」 のようなニュアンスを含んでいたのではないか、とか、 何なりと疑惑の種に事欠かないのです。
で、私の疑惑がもし当たっているとしたらどうなのよ?ということですが、 そんなニュアンスが含まれていること自体、 なるほど人間のやるこっちゃなあ、というだけの納得なのですがね。(笑)
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