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아벨(Abel)さんのメッセージ(#6515)への返事 > >白龍さん@某人権侵害差し押さえ寸前掲示板 > > > 上祐さん自身が、グルの意思の実践として、 教団存続をしようとしていましたから。 あべるさんは、今回の私の発言に反応されたようですが、 この件に関しての書き込みは、私のブログの2006年10月13日、14日辺りに、すでに書き込んでいる内容で、特に今になって新たに持ち出した話ではありません。 2005年の分裂が騒がれだした当初は、説法で上祐氏自身が言っておられたはずです。 大乗仏陀イニシエーションの詞章を持ち出して、本当のグルの意思はこれだと言う形で、解説をされていたと記憶しております。 「グルが入滅した後、もし私が 愛というものを背景に救済しなかったならば 真理の炎は消えてしまうに違いない 私は愛の実践に入ろう 自己の苦しみを喜びとし 他の苦しみを自己の苦しみとし 愛によって、他の苦しみを取り除こう」 この部分を強調して話されていましたね。 他の信徒さんから聞いたところによると、2005年6/27、7/3日のDVDあたりには、 正大師の大乗のヨーガ成就式典の時の尊師の言葉の引用や、オウムとは別な団体を作るようにとか、あるいは小さなお寺を作るようにとか、シヴァ大神を大黒天と呼びかえるように等のお言葉があったということを語っている内容が入っているそうです。 > でも「新団体」が強烈な脱麻原路線であることは明白にて、教材焚書、開祖を超えるって > いう路線であることは明らか。ずいぶん以前のある段階において部分的に誰がどう語った > かという断片的な問題より、根幹・大筋がどういう方向をい向いているのかということを > 見失なわないようにすることが肝要かと思います。 私は、人間が命をかけて信じたものを、手のひらを返すように、そうそう変えることは出来ないと考えております。信徒の私でさえ、現在も悪業の意識にさいなまれるような思いになることがあるくらいですから・・。 古い信徒は、上祐氏の選択は仕方が無いだろうとみてはいても、その本質はグルの意思の実践とみている方もいるのではないかと思います。私のブログのコメントをみると、セイラさんやぼんちさんも、そのように感じている部分がおありなのではないかなと思っています。 しかし、その後の歩みこそが大事だといえばその通りで、過去は過去と捨ててしまえるなら、それはそれでよろしいという思いもあります。こだわっているのは、私だけかもしれませんし・・。 |