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Message#48541 2012年6月10日(日)17時23分 From: 아벨(Abel) | |
| ウエディングドレス、指輪… オウムの過去を乗り越えたかった菊地直子容疑者の身勝手愛 2012.6.10 12:00 (1/5ページ)[衝撃事件の核心] http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120610/crm12061012010005-n1.htm
平成7年当時(左)と現在の菊地直子容疑者 サリン製造に関与したとして特別手配され、今月3日に殺人容疑などで逮捕されたオウム真理教の菊地直子容疑者(40)。23歳から17年間に及んだ逃亡生活でともに逃げ、暮らし、「一緒に逃げたかった」と慕った男は少なくとも4人に上る。特に「2人の高橋」をめぐって心変わりしたことが、結果的に逮捕を早めた可能性もある。
心境ノートに「会いたい」
捜査関係者によると、菊地容疑者は平成7年3月の教団への一斉捜索後、林泰男死刑囚(54)と逃亡した。林死刑囚は教団「科学技術省」幹部であり、地下鉄サリン事件では他の実行役がサリンの入った袋を2つ持ったのに対し、林死刑囚は3つ持ち込み「殺人マシン」といわれた。
当時23歳だった菊地容疑者は、14歳年上で37歳だった林死刑囚と一緒に行動し、千葉県市川市行徳のアパートに他の男性信者とともに潜伏。さらに林死刑囚と名古屋市へ行くなどしたとされる。
林死刑囚はその後、菊地容疑者より3歳年上の女性信者と逃亡し、翌8年12月、沖縄・石垣島の商店街で2人で喫茶店へ入ろうとしたところを逮捕された。後に見つかった菊地容疑者のノートには、「会いたい」などと林死刑囚を慕う言葉がつづられていた。
■「彼に甘えきっている」
教団の「諜報省」へ所属していた高橋克也容疑者(54)は逃走を始めた7年当時、38歳。菊地容疑者より15歳年上だった。
菊地容疑者は8年11月、埼玉県所沢市西所沢のマンションにあったオウム真理教の秘密アジトで、高橋克也容疑者らと潜伏していたことが確認された。だが、埼玉県警の捜査が入る直前、菊地容疑者はマンションを飛び出し逃走。室内には炊けた状態のごはんが残され、菊地容疑者の下着や衣類もそのままになっていた。
その後は「あくまでも逃走を続ける」という高橋克也容疑者と2人で逃げ続け、新横浜や川崎のラブホテルを転々とした。川崎市川崎区の川崎大師近くにあるアパートで過ごし、13年に川崎市幸区のアパートへ転居した。
関係者によると、最初は高橋克也容疑者が1人で入居し、後から菊地容疑者が同居してきたという。2人は夫婦を装い、高橋克也容疑者は「櫻井信哉」、菊地容疑者は「櫻井千鶴子」と名乗っていた。
当時の勤務先で同僚だったという女性は、日本テレビの取材に「『櫻井さん』と呼ばれ、ときどきは『ちづちゃん』と呼ばれていて、『彼氏と同棲していて、いとこ同士で、どうしても好きだから一緒に住んでいる。おなかが痛いとさすってくれる。彼に甘えきっている』と…」などと話している。
高橋克也容疑者との逃亡生活が10年になろうとするころ、菊地容疑者の目の前に1歳年上の男が現れた。
■「オウムの菊地だから」
高橋克也容疑者と川崎市幸区のアパートに潜伏していた17年ごろ、菊地容疑者は派遣社員として働いていた横浜市中区の倉庫会社で、同じ派遣社員だった高橋寛人容疑者(41)と出会った。19年には10年間行動をともにした高橋克也容疑者と別れ、東京都町田市のアパートで高橋寛人容疑者と同居を始めた。
高橋克也容疑者はその後も昨年10月まで幸区のアパートで1人で潜伏を続け、川崎区の土木会社の社員寮へ移った。
高橋寛人容疑者は、出会った半年後に菊地容疑者へプロポーズしたものの、菊地容疑者は「私はオウムの菊地だから結婚できません」と断った。一方で19年、高橋克也容疑者と別れ町田市で高橋寛人容疑者と同居するのを機に、2人は写真館を訪れ、菊地容疑者はウエディングドレス姿で、タキシード姿の高橋寛人容疑者と記念写真を撮った。菊地容疑者は逮捕後、調べに対し「指輪ももらった。事実婚だった」と供述している。
2人は町田市のアパートで4年ほど暮らした後、22年12月に相模原市緑区(旧城山町)の古い民家へ引っ越した。今月3日夜、菊地容疑者は「44歳」と年齢を偽って勤めていた近くの福祉施設での勤務を終え、コンビニへ寄って民家へ帰ってきたところを逮捕された。
そのころ、高橋寛人容疑者は町田市内で前妻と子供と夕食をとっていた。同居相手の逮捕を知らせるニュースが流れたため出頭したという。
「一緒に逃げたかった」
高橋寛人容疑者は調べに対し、「2年ほど前に幸区のアパートで、菊地容疑者と高橋克也容疑者と3人で会って逃亡生活の話を聞いた」と供述。菊地容疑者が高橋克也容疑者との別離後も、高橋克也容疑者と連絡を取っていたことになるが、菊地容疑者は「別れた後、高橋克也容疑者とは一切会っていない」と食い違う供述をしているという。
いずれにせよ、菊地容疑者が高橋克也容疑者から高橋寛人容疑者へと心を移したことが、潜伏生活を目立たせ、結果的に自身の逮捕を早めた可能性もある。
一方で、菊地容疑者は取り調べ中、17年間にわたる逃亡生活についてサリンの製造役だった教団の「法皇内庁長官」、9歳年上の中川智正死刑囚(49)の名前を挙げ、「できれば一緒に逃げたかった」と話した。菊地容疑者は教団で「厚生省」に所属しており、サリン製造のための試薬や実験器具の購入を担当していたことから中川死刑囚との結びつきが強かったという。
菊地容疑者は面会した滝本太郎弁護士(55)に「長い間、逃げていて申し訳ありません」と話す一方、調べに対しては「高橋寛人容疑者とつき合い、愛するようになり、この生活を変えたくなかった」と供述したという。
その言葉から、サリン事件で愛する人を突然奪われた遺族らへの思いを読み取ることは難しい。
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