喫茶Honfleur(オンフルール)の再開を熱望するオウマー・外道達の掲示板

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Message#32082 2010年2月20日(土)13時04分
From: てんさいくん55号
atomさんのお言葉
3994 返信 ご無沙汰しています atom 2010/01/01 19:23

管理人さん御無沙汰してます。
新年に当たり、少し暇ができたので久々に掲示板を覗いて見ました。
こちらもそろっと宗教っけもすっかり抜けてきたところです。
今、宗教の理論を誰かに唱えられてもこちらにも答える術がない。

現代人には成就者の智慧を開示する場合こういう状態の方が良いと思う。
もともとが釈迦は最初から宗教を説こうとしたのでは無かったのだから。
世の流れに逆らう、何らかの方法を大衆に向けて説こうとしてただけなのだ。
釈迦当時の時代背景から智慧を開示する素材が宗教になったのであろうが、やがては現代では僧侶が葬儀屋業を営む形へと変貌を果たした。
だから私は成就者として宗教から離れた視点で今それを解き明かす。

宗教団体の者たちよ、そなたたちは恥ずかしくないのか、過去の偉人の残したものを餌にしては苦悩にすがりよる者をカモにして金をせしめて大した苦悩を除く見識も持たないままに。
もし成就者がいるのなら成就者らしく、過去の遺物の宗教などと言う手段にいつまでもしがみ付くのではなく、違う形でそれを説いたらどうなんだね。

釈迦の時代とは、カーストというものもあったし宗教が今以上に重んじられていたのさ。イエスの時代もまたしかり。今の時代の宗教とは葬儀屋だと思っている大衆が大半だ。このような時代に大衆に向けて成就者が智慧を開示する場合、宗教という素材を使用するのかね。
時代背景が変遷していると言うのに、頭に宗教と言う名の冠をかぶって能のない事を。
この時代にそんな時代錯誤の事をやっても、多くの大衆からは変な目で見られるだけで、多くの大衆の利になど繋がらない行為である。

少し思う所があるので、この掲示板に書き込みさせてもらう。
社会洗脳にはかかれない、解脱者のありのままの視点で世の中を見渡せば次の通りなのだ。
私(成就者)の視点で見て、今は、ある時代の末期に差し掛かっている。
ある時代とは、社会のエゴの増殖する時代。

エゴは熟してから落ちるもの、よってエゴを増殖させる原理で進んできた社会は、今や行き詰り、次の段階としてエゴを落とす手段を話ししてくる者が出現することとなるだろう。
エゴ増殖のための根本原理とは、「自由は善で独裁は悪」、この欧米が流行らせた社会洗脳にかかった状態がもたらした結果なのだ。

成就者は自由の女神像の正体が、潜在的形成力の象徴、すなわちサタン(悪しき者)の像だと話してもこの洗脳が行きわたっている今の社会で誰が信じるかね。
サタン像(自由の女神像)にはサタン像(自由の女神像)の社会のエゴを増殖させ熟させるという、エゴを落とす段階に進むための前段の役割があったのであるから私は時代を否定はしない。

今の科学者という者達の次元の低いおつむの中は、便利な社会=幸せな社会、医学が発達して長生き=幸せな人生、このような次元なのである。
この次元の程度の延長線上に、ノーベル賞とかがあって、成就者が見れば聞いてあきれるような次元の低いおつむのものなのだな。(笑)

今、社会でキレる事件が多いだろう。
当然である。
このような低次元の基本原理のおつむをしてて、優れていると言われてるのであるし。

前に話をしたな。
狼に育てられた人間はいくら努力しても、狼の特性により磨きをかけ他の狼よりより素早く獲物を獲得したりする事が出来たとしても人間になる事なんかできはしないのさ。
仲間の狼におまえすごい、獲物を捕る技術を身につけたと言われてほめられてもね、人間になれるための智慧はないのだ。

今の科学者の次元の低いおつむでいくら頑張っても、その先を開く智慧は見えてこない。
この先エゴをどうやって増殖させたら社会が切り開けるだろうってやっても、便利=幸せ、の低次元のおつむの科学者たちの時代もそろそろ行き詰まりでお終いなのだ。
便利=潜在的形成力の増殖、が我らの視点で示す真実に近いとらえ方なのだから。

スッタニパータ731〜733
およそ苦しみが生ずるのは、すべて潜在的形成力を縁(原因)として起るのである。諸々の潜在的形成力が消滅するならば、もはや苦しみの生ずることもない。
「苦しみは潜在的形成力の縁から起るものである」と、この災いを知って、一切の潜在的形成力が消滅し、(欲など)相を止めたならば、苦しみは消滅する。このことを如実に知って、正しく見、正しく知った諸々の賢者・ヴェーダの達人は、悪魔の繋縛にうち勝って、もはや迷いの生存に戻ることがない。



ダンマパダ115
最上の真理を見ないで百年生きるよりも、最上の真理を見て一日生きるほうがすぐれている。


医学の進歩でいくら寿命が10年20年先に延びた所で、それ自体が幸せなんだなんて釈迦は言っていない。
次元の低いおつむを持っている科学者たち。

成就者によって見破られている、この時代を突破するきっかけが、社会が思想的に封印をした、実は、自由は善『独裁は悪』と言うこの概念の粉砕に秘められている。

「独裁」でネットで検索をかけると、次のページが引っ掛かってきた。
私はこの番組を見てないが、

ビートたけしの独裁国家で何が悪い!
http://www.ntv.co.jp/dokusai/

ただしな、独裁国家であっても主導者が民主的な俗に言う良い主導者なら、独裁国家であっても民主主義と同じさ、ここには全くの現状打破の意味はない。
だから、民主主義は民主主義のままでいいんだ。
人間の指導や教育的指針に独裁的原理を取り入れる研究に取り組むことだ。

自分に対して作用する外部の自由な原理とは、その正体がエゴを増殖させる原理であり、対する自分に対して作用する外部の自分の自由を束縛する独裁的原理は、自分の中のエゴを減らしフロー(悟り)の意識に近づけ人間を進化させるための原理なのである。

私が過去に探求に入った原因の一つに、未熟な自分の自覚と、完成した人間像とはどんなものでどうやって手に入れられるのかと言うテーマがあった。
多くの者たちがみな聞いたことがあるだろう、人は努力を通して、忍耐を通して「成長」していくものなんだと言うような言葉を。

ただし、この漠然として唱えられている、この努力と忍耐を通して得られる「人間の成長(進化)」とはどんなものなのだとね。
昔書き込みをしていた掲示板でも管理人が、悟りと精神の「成長」と関係があるのかという事を疑問にしてて、エセ解脱者が登場して関係がないと言っていたがね。
実はここで努力と忍耐を通して得られる「成長」と定義されているものの本質が、悟りの意識に近づくことを指しているのだ。
努力や忍耐の原理を解き明かせるのは基本的には我ら成就者だけだが、これらを通して得られるのが悟りの意識状態だからだ。

悟りの意識状態を「フロー(Flow)」あるいは「ゾーン(ZONE)」と呼び、スポーツでも一流選手ともあれば経験のある意識状態なのだ。
一生懸命に、精神世界でうろうろしている者たちが掴めなくて、このように関係ないスポーツや芸術の世界の一流人が束の間でもそれを反対に掴めているというのはね、そこに至るまでのその過程に、悟りに辿り着くための原理がちゃんと存在しているからなのだよ。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フロー(英語:Flow )
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC

このような悟り(フロー)の状態になると、認識(現象を捉えようとする作用)という手段を通さずに反射的に行動できるようになる。
物事は迅速かつ正確に処理できるようになる。
意識の集中と雑念のエゴの狭間で生きている人間が、主客合一のフロー(悟り)の意識に辿り着けた各界一流の者を相手にしても、同じ土俵で対等に渡り合えるようなものではないのだが。
悟りの意識の者は努力などしない(出来ない)、稽古事でも技術の習得でも努力せずに努力してやってる者と同じ行動をとれるのだ。

また、私はよく、解脱者は眠りながら仕事をしていると話しすることがあるが、一見ふざけたようなこの表現の真意は、睡眠に入るリラックス状態の時には脳波にアルファー波がふんだんに出ている状態でインスピレーションもどんどんと出てくる状態になるだろう、あの状態が解脱者は仕事中に常時出現しているという事を指しているのだ。
このフローの意識を手に入れた者が、一般の者と能力的にも対等の者として比べられるはずがない。

もちろん視点も社会洗脳を脱した、ありのままの360度展開している視点が働くわけであるし。
そして、当然だが、フロー(悟りの意識)に近づいた者にはストレスがないし、苦悩がない、従って健康でもある。
よって今後登場するだろう未来人と名付けるにちょうどいい存在かもしれないな。

先ほどからテーマにかがげていたが、フロー(悟り)の意識状態と「独裁原理」とどのように関係があるのかだが、自らの中のエゴイズムを取り除くことがフロー(悟り)の意識に辿り着くための手段である。

ただし、自らの中のエゴイズムを取り除くためには、自分の外のエゴイズム(独裁的要素)を利用するしか手段がないのだ。
そもそも、我々人類の生みの親の大自然だが、大自然の人類にとって作用した独裁的作用が人類を進化させ誕生させた。
我々がいくら晴れてくれとお願いしても、雨は降る、我々は濡れないために傘をさし雨具をつける。

大雨が降れば、いくら止んでくれとお願いしたところで、洪水は起こり人命は失われる。
大自然の動きに対して、常に合わせるのは人類の側だ。
人類の側が大自然に対して絶対服従の原理、すなわち大自然の人類に対する独裁的作用。
人類はこの大自然の生命に対する独裁的な作用によって誕生したのだよ。
そして、大自然に服従する形で人類の側が変化したんだ、黒人が生まれ、黄色人種が生まれ、白人が生まれた。冷暖房機を考え出したり。

白人は一番長く大自然の生命に対する独裁的原理にさらされる中で変身したのだから、その分優秀と言えるのかもしれないな。

自由は善くて、独裁的原理は悪か、良く考えてみたまえ、我々の生みの親の大自然の生命に対する独裁的要素が、我々を生み育んだんだ。
この大自然の生命に対する独裁的要素なくして、我々の進化も誕生もあり得ないのだよ、人類を誕生せしめたる父なる原理に向って唾する人類たちよ。
サタン(自由の女神像)の時代は十分にエゴを熟する効果があったのだから、今度は、自由は善で独裁的原理は悪であると言う洗脳を解く段階に突入する事になるだろう。

私が以前成就に至った宗教的な実践も、この外部の独裁的原理を効果的に最大限利用する形で他者に対して絶対服従(従順)と言う方法で成したものだ。
修行者が厳寒時に滝に打たれる修行も、大自然の寒さと言う生命に対する独裁的な要素を利用したものだ。

いくら暖かくなれと大自然に向かって心の煩悩が叫んでも、自然は厳寒時は暖かくなってはくれない、我々が自然に対して絶対服従し、修行者が心頭滅却して臨むよりないのだ。
このようにエゴを自らの中から取り除くためには、自分の外の独裁的要素を利用するより他に手段はない。

私は以前この掲示板でも、実践者の周囲によりエゴの強い者がいると解脱の加速力が増すと述べた事があったと記憶しているが、それはこの理由によるものである。
良い人に囲まれたら人間は成長しないのだ。
イエスは言ったな、金持ちが神の国に入るよりラクダが針の穴を通る方がまだ簡単なんだとね。
金持ちに対しては皆周囲はエゴイズムを引っ込めて良い人を演ずるだろ、これの事を指すのだよ。

マルコの福音書10-25
金持ちが神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。



導師も実践者にはエゴイズムを発揮するだろう、時には殴ったり蹴ったりする導師もいたと聞くが、効果的に実践者からエゴを取り除くために何があっても実践者は導師に絶対服従のこの原理を利用しているのである。この理由から導師は実践者を成就に導くためにあえて独裁的要素でふるまわなければならない事になる。

独裁と言う言葉で、筆頭に思い出すものはヒトラーである。
今や悪の代名詞のように言われてはいるが、ヒトラーで検索をかけたら、次のページが出てきたが、ヒトラーは悟っている者では断じてないようだが、この原理を知っていたとしか思えないな。

ヒトラーの予言
http://hexagon.inri.client.jp/floorB1F_hss/b1fha400.html

次の部分はまるっきり、現代の日本の状況そのものだ。

>■■■第5章:「東方が巨大な実験の場になる」──『永遠の未成年者集団』の出現
  中略
>「よろしい、では解説してやろうハンス。私が言った未来に現われる『永遠の未成年者集団』とい
>うのは、もちろん、死ぬまで大人になりきれない人間たち、ということだ。
>
>そんなことは、厳しい正常な社会ではありえない。だからそうなる背景には、甘やかされた異常な
>社会が当然ある。その中で、同じように大人になりきれない親に、愛玩動物のように育てられるた
>め、子どもも成人しても真の大人になれないのだ。」


滑稽だな、残念だが今の現状そのものである。
親が子供に対して良い人を演じたら子供は育たないのさ。
子供があれをしたいと言ったら、その願いをかなえ、これをしたくないと言ったらしなくて良いよ、このように子供の言い分に親が言いなりになる。

親が子供に対して自らのエゴイズムを発揮せず、服従の従順を貫き子供にいい人を通そうとする。
いいか、この環境の中でどうやって子供が自分の中のエゴイズムを取り除くのだ。
良い人に囲まれたら、人間の中のエゴイズムは増殖するばかりで取り除けないのだ。
子供が自分の中からエゴイズムを取り除くためには、親が子供に対して導師が実践者にするように独裁的要素(エゴイズム)を振るうしか手段はない。
本来子供に対しては横柄な親で昔から正解の子育てなんだ。

いいか、いつまでも子供を庇護できると思ってはならない、社会の中まで親が付いていけるわけがないのだから、社会はそんなに甘くない、子供が小さい時の親が子供にエゴを振るわず良い人を演じ続けたつけを子供が大人になって苦しんで払うんだ。それが今流行りのキレる人間と言う現象の根本原因である。
親は子供に対して体力で勝っている段階で、独裁的要素(エゴイズム)を存分に発揮しなければならない役目があるのだ。

そうしなければ、子供は必ず社会に出て歳をとってから、そのつけを自らで払わなければならなくなる。
好き放題させてくれるような社会などないのだよ。
社会は容赦なくそのような育てられ方をした者にもエゴをふるってくるのだ。

人間が自分の中のエゴを取り除くためには、自分の外のエゴイズムを利用するしかその手段はないのだからな。

ただしだ、親の子供の育て方が悪いとは言え、親が悪いとは私は言わない、科学者と呼ばれる者どもよ、お前たちがこれをもっと言わなければならないのだろ。
お前たち、次元の低いおつむを持っている科学者と呼ばれる者どものおかげでこうなっているのである。

教員の初任者研修などと言う、今の時代を切り開くためには大してそれほど効果が上がると思えないくそくだらいなものを考え付くのがお前たちの次元の低いおつむの限界なのだ。
現代のキレる人間と言う事が原因の凶悪犯罪も、みんな、科学者よお前たちの次元の低いおつむが原因で起きているものなのだ。

はっきり言いなさい、欧米の洗脳により封印してしまっている自由は善で『独裁は悪』と言う概念を、人間を成長させるためにもう一度見直さなければならないとね。
いつまでも欧米の洗脳にかかったままの自分で良いと思っているのはやめなければならない。
自由は善で独裁は悪の、エゴ増殖のサタン的な時代は熟した上で現在行き詰りとなり、今度はエゴを落とすフローな意識を獲得する段階に来ているのだから。

よって、人間を指導する立場の者たちが、どうやって独裁的原理を指導面に取り入れていくかが今後の時代を切り開く鍵なのである。

私はエゴを取り除く実践時に時たま思ったものである、エゴを取り除くことは自分の個性を手放す事ではないかとね、しかし、それは取り越し苦労。
エゴの特性を個性だと学者はぬかすか、そんな低次元のおつむをしているから今の時代になったのである。

私は他者の完全ロボットになる実践を通して自らのエゴを手放した、その結果発現したのが社会洗脳を受けないありのままの視点とエゴを超えた所の真実の個性の発現なのだ。
自らのエゴの特性を個性と勘違いしてしがみつく者たちよ、勇気を持ってエゴの特性の完全消滅に向けて立ち向かうのだ。
その者はエゴ特性の完全消滅と引き換えに、フローな意識状態での真実の個性を手に入れる事になる。
反対にエゴで生きている者の特性とは、自分たちは独自の判断で社会洗脳などにかかっていない気になって良い気になっているが、全くのバカそのもの、良いようにマスコミ操作かなんかで操られっぱなしなんだよね。滑稽たよ、君たちを見ていると。

なお、スポーツチーム等の指導者は指導に当たり、チームに対して指導者自らの独裁的要素を取り入れる工夫をすることだ、そうすれば、チームはフローな意識を手に入れられ優秀な成績のチームになる事であろう。厳しいと思われるような環境を作り上げれば作り上げるほど良い。
反対に、指導者がチームに対してチームの構成員の意見を尊重し等の品行方正の良い人を演じたら、そのチームは成績は上げられない。

私が目にしている限りでは、全くこの通りなのだから。
スポーツ各界でもフローの意識獲得を研究している者がいるようだが、これが成就者が自ら説く、フローな意識を手に入れられる本当の真実だ。
その辺の理論だけを振り回している者どものとは一線を画す、成就者自らの解脱の智慧から出る視点なのだからよく肝に銘じることである。

さて各企業組織においては、新人に対して独裁的原理を存分に発揮できる場でもある。
新人に対し多く長く雑用や下仕事をさせ、発言権や自由裁量は極力与えない方法を工夫することだ。

出来るだけがんじがらめに縛りつける工夫をしろ。
本来は、雑用とされる作業と、その組織のメインとされる作業にはどちらも差がないというのがフローの意識を獲得した者の眼前に広がる景色なのだ。
フローな意識を成就した者には、遊びと仕事の分別すらないものなのだよ。
企業の社長が外交をするのも、下の者が廊下の掃除をするのもどちらも差のない対等の仕事なのだ。

この二者の仕事に差があると見させるのが、未熟な者の中にあるエゴイズム、そのような者がそのままで歳をとったら企業組織をつぶすことになる。
こういうことが分からない者たちが、新人なのだから、分かるまで廊下の掃除でもなんでも下仕事と思われている仕事だけをやらせればいいのだ。
そうやって、新人を育てなければこれからの不況な時代に君ら企業組織の発展も将来もないんだ。
企業組織の中では新人時代ほどフローな意識獲得に向く期間はない。
新人がエゴで埋もれたまま能力を発揮できないままに、歳だけとって企業をダメにするかどうかは全て新人教育にかかっている。

なお、大きな組織になればなるほどどこまでいったって、中間管理職でさらにその上の立場の存在があるんだ。
組織の中の掟は、指示を受ける者が指示を出すものを選ぶ事が出来ないと言う掟がある。
人事によっては歳とってからどんな横柄なエゴイズムを発揮する上司のもとに配属されるとも限らないし、新人のうちにフローな意識に近づくような育てられ方をしてない者は、そのつけの苦悩は、歳をとってからやってくる事になるのだ。良く憶えておくことだな。

苦労は若いうちに背負ってでもしろと言う、昔の人の残した言葉があったな。
どんな内容であろうとも苦労そのものが、フローな意識に向かえる手段の一つなのだから、若い者は大いに苦労しろ。
どんな形であれ、苦労すればした分意識はフローな状態に変容が進む。
フローな意識になる途上では、ストレスと戦う事になるが、若い体だから対応できるものでもあるのだよ。
若いうちにそれをやらずに歳をとってからそれを迎えたら、頭の回転も鈍いままに、ストレスに身体をやられて廃人になる以外にないんだ。

日本にも戦後に高度経済成長と言う、今とは正反対の時代があったが、今の人間がタイムマシンでその時代に行った所で、その時代などできなかったのだ。
あれは、戦時中の独裁下の作用でフローな意識をより獲得できた者たちが、やったからできたのさ。
次元の低いおつむの現代のポンコツ学者君たちよ、人間そのものの精神構造が今の者と変容して違っているのだ。

今の者たちだったら、当時の休日返上でそれ働けやれ働けの段階で、既に過労死している所だ。
フローな意識を成就した者に遊びと仕事の区別は大してない。
周りから勤勉と思われている本質は何もやっていない怠けもの、これがフローな意識を成就した者の常にいるパラドックスな状態なのだ。

遊びと仕事の別とは何だかわかるか、どちらも物理的には同じ仕事なのだよ。
遊びでドライブをする、仕事で運転業務をする、遊びで娯楽ビデオやパソコンゲームの画面を見る、仕事でパソコンの画面を見る。
物理的には同じような事しかやってないのに、遊び過ぎて過労死したという者はいないだろ。
両者の違いとはただ一つ、方向性なのだ。

自分のあれやりたいこれやりたくない、と言う方向性のままに自由にできるのが遊びという名の物理的な仕事で、客や上司や会社に縛られて自分のあれやりたいこれやりたくないという思いのままに、自由にできない物理的な仕事が仕事と呼ばれるものの本質だ。
両者を分けるのはこの、あれやりたいこれやりたくないと言う方向性のままにできるか否か、それただ一つだけ。
つまり、過労死の本質は物理的な意味での過重労働ではなくて、ストレス死なのだな。(笑)

ただしフローな意識の成就者にはストレスが無い。成就者にとって、あれやりたいこれやりたくないと言う思いそのものが実はなく、見せかけの方向性しか持たない本質は無方向性がゆえに、遊びも仕事も区別がないのさ。
どちらも楽々とリラックスして眠りながらやっているようなものだ。
ストレスもなければ何もないのだよ。

さて、最後に人類のここに至るまでの一番のミスと言うものは、自由は善、『独裁は悪』、と言う思想の受け入れに当たって、エゴ増殖と減少の原理とさらにフローな意識獲得と人類の成長と言う観点での検証がなされていないのだよ。
少なくとも私はこの国に住んでいて、この思想について公な場でこの観点について適格な思想なのかそうでないのか、検証された形跡など見た事がないのだ。
この思想の問題点が今この時代になって国内的にか世界的にか知らないが、現象として発覚して来ているのだから、今こそ公の場で取り組むべきものだろう。

さて、私はまたしばらくは掲示板から去る事だろう。

新年に当たって、他者の役に立つかどうかは別にして、成就者の視点を何か一言書き捨ててみたかった。
有難う。

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